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三浦篤の研究室

馬を襲うジャガー

3時限目
アンリ・ルソー
《馬を襲うジャガー》

三浦先生
三浦 篤
今回3点の作品を選ばせていただきました。いろいろな時代のいろいろなタイプの作品があった方がよいでしょう。《草上の昼食》や印象派の作品はかなり論じられているので、あえてそうではない作品から選んでいます。

生徒

公式キャラクター:おじさん

おじさん

ルソーは熱帯に行ったことがなかった

三浦先生 三浦

ルソーの絵はパッと見て、ペターッとした平面的な印象がありますね(画像1)。実際、薄塗りだし、盛り上げがありません。それで、ますます平面的な印象が強まっていて、現代人にはちょっとイラストや漫画のように見えます。ルソーは現実を素材にしないわけではないけれど、基本的には想像で絵を構成した人です。彼は熱帯に行ったこともなければ、見たこともない。ナポレオン3世がメキシコに出兵した時にルソーも軍楽隊の一員として行ったという伝説が長らくあったけれど、実際に行ったわけじゃなくて、メキシコに行った軍人から話を聞いたくらいの感じなんですね。ただし、自分で熱帯に行ったわけではないが、パリの植物園に行ったというのは有名な話です。

動物園も併設されていて、ワニやライオンも見られたので、その植物園でいろいろ観察し、研究できたはずです。自然史博物館もあったので、剥製とかも見られただろうし。ということで、情報は多々あったと思います。ほかにも、図鑑とか雑誌の挿絵とかもあるわけで、そういうものを素材にして、最終的に自分だけの熱帯の世界を創り上げてしまったということです。その意味でこの絵は本当に絵空事なのですが……。

馬を襲うジャガー

でも、印象が強いというか、衝撃力がある。どうしてそう思ってしまうのか。平面的で色彩のメリハリが効いて、イラストのように見えるというのも一つの理由ですが、植物の描き方が生命力に満ち溢れていて、植物——特に熱帯の密林のような——を描くのが好きだったんだなーって思います。

もちろん、どこまで現実のものなのかはわかりません。〔画面左の葉を指して〕この葉っぱの付き方も……どこかおかしい。これは相当自分流の植物にしているのかなという印象です。パッと見ると、熱帯はこうじゃないかという錯覚を与えるけれど、実はかなり創り上げた世界だと思います。熱帯に対するエキゾチスム、異国趣味があったんでしょうね。異世界への憧れです。

好んで描いた生と死の葛藤

三浦先生 三浦

それから、ルソーによるこの種の作品に特徴的なのは、動物が戦っていたり、殺されていたり、血を流したり、そういう場面が多いことです。生と死の葛藤というか。これは馬がジャガーに襲われているところですね。でも、逆に馬がジャガーを圧倒しているようにも見えませんか? あれ? どっちがどっちを攻撃しているんだろう? と思いますよね。顔の付き方も相当変で、90度折り曲げているような感じ。ジャガーの顔はまったく見えないし。

馬を襲うジャガー

最終的にどっちが勝つんだろうと思わせるところがあって、生と死のあわいというか。血を流している動物を描くこともあるんですが、生と死の葛藤や緊張感、それが見る者を惹きつけるのでは。単に熱帯の動植物を描いているわけではなくて、そこでドラマティックな場面が展開している、それも生きるか死ぬかの動物たちの緊迫した争いを描いていることが、この絵のエネルギーを生み出していると思います。

一見かわいい絵のようで、よく見たらすごいシーンですよね。
三浦先生 三浦

けっこう残酷というか、凄惨というか、怖い絵なんですよ。こういったモチーフはルソーの好みなんです。現実感のなさに関して言うと、同じ植物を描いたモネの《白い睡蓮》(画像3)を見ると空気感があるわけです。臨場感というかね。大胆な色彩表現ではあるけれど、睡蓮の池を前にしてこの風景を描いたという臨場感や空気感があるのに、ルソーの作品はまるで空気感が感じられません。まるで凍結された、時間が止まってしまったような場面です。熱帯の暑苦しい感じ、ムンムンした熱気や湿気といったものは感じないですね。凍結された世界を覗き見ている感じかな。モネの方が水や空気や季節感、そういった現実の感覚があります。これほど違うのかと思います。

馬を襲うジャガー

100年前に生まれていたら、評価されていなかった ー
ルソーが認められた時代背景

三浦先生 三浦

ルソーは当時一般的には評価されていません。印象派がようやく少しずつ支持者が出てきて、認められ始めたくらいですから。印象派だって理解されるのにこれだけ時間がかかったわけです。ルソーはもともと日曜画家だったし、作品を発表してもそう簡単には認められなかった。ごく近い人たちを除けば。でも、ピカソとかアポリネールといった前衛的な芸術家たちには評価されました。今までにない斬新なものを持っているということで。

しかし、一般的な評価はそう簡単ではない。今では「素朴派」ということで、一つの流れの中心的な画家ということになっていますが、ルソーの絵が近いのはむしろシュルレアリスムかもしれませんね。夢とか幻想、場合によっては妄想、無意識とかね。シュルレアリスムの美術に繋がっていく要素があります。印象派ポスト印象派フォーヴィスムキュビスムの流れとは違う、1920年代のシュルレアリスムに近い部分が先行して出てしまったようで、なかなか理解され難かったのかなと思います。あと、「素朴派」と言ったけれど、確かに「素朴」、「稚拙」な感じですよね。当時のごく一般的な基準からすると、上手い画家、写実的な技術という意味で上手い人が画家として評価されました。

でも、印象派は新しいテクニック(技法)を使っていて、これはこれでいいんじゃないかとようやく認められ始めた段階です。ルソーの絵は「下手」だし、印象派でもないし、もちろんアカデミスムでもない。おそらくルソーが100年前に生まれていたら、画家としてはまったく認められなかったと思いますね。

この時代だからぎりぎり……。
三浦先生 三浦

この時代がどういう時代かと言うと、上手い下手が絶対的な基準ではなくなった時代ということですね。そうではなく、特異性とか斬新さといった、他にはない、この人にしかないといった特性が評価され始めた時代です。例えばゴッホが典型的で、ゴッホにしか描けないようなあのタッチとか。そういう意味で、〔ルソーは〕非常に個性的だし、他にはないこの人だけという個性や独創性が認められ始めたからこそ、評価されるようになった人です。なお且つ、近代になると子どもの絵とか精神異常者の絵とか、未開の文明から出てきた造形物とかが評価され始めます。

今までの西洋絵画の中心的な流れとは違ったものが、単に下手だとか野蛮だとかではなくて、ユニークでおもしろいと認められ、評価される時代になったので、その流れの中にルソーもいると言えますね。この稚拙さ、素朴さ、子どもっぽさが評価されたのは、そういう大きな流れの中にあるからです。ボードレールも「天才とは再び見出された幼年期である」という言葉を残していますし、パウル・クレーだって子どもが描くような、童話のような雰囲気の絵を描いています。次第にそういうものが認められ始めます。ただし、ルソー自身が人間としてどこまで素朴だったかというと、これはちょっと難しい問題です。

計算をしているように見えて、やっぱりお人好し?―
ルソーの人柄を表すエピソード

ルソーはどのような人だったのですか
三浦先生 三浦

ルソーは「税関吏」と通称されています。パリ市に入るときに入市税がかかったのですが、それを徴収するための税関の小役人でした。税関吏と言うほど立派ではないんです。その下の役人くらいで、そんなに偉くはない、まぁ一種のサラリーマン、公務員ですね。その仕事をずっと続ける一方、絵が好きで、日曜画家になった。そのうちに展覧会に出品して少しは認められるようになったので、最終的に脱サラをします。最後は画家として絵筆一本でやっていくのですが、見極めを付けるのに何十年もかけているわけです。

野心もあるし、計算もしているんですね。
三浦先生 三浦

そうも思えるんだけれど、けっこう天真爛漫というか、無邪気でお人好し。人を信じやすいところがあり、たしか銀行詐欺事件に巻き込まれています。友人が銀行に口座を開いて小切手帳を作り、それで詐欺を企んだとき手伝ってしまうんですね。たいした手数料ではなく、お駄賃くらいしかもらっていないのに……。

え~……
三浦先生 三浦

そんなに悪いことをしている自覚はなかったようです。友達に言われたから手伝ったまでで、罪の意識もなく、逮捕されてからびっくりするんですよ。それもルソーがヘマをして証拠を残しちゃって事が露見し、逮捕されるんですが。予審判事に宛てて、自分の無実を訴える手紙を書いています。そういう事件もありましたが、どうも本質的に悪い人……ではなさそう。切れ者ではまったくなくて、無邪気、天真爛漫、マイペースというか。物事を自分自身の価値観で判断してしまうところがあって、人も信じやすい。それなりに計算もあるとは思いますけどね。そこが不思議な人です。まぁ変人の類ですよね。そんなに悪意や狡さがあるとは思えない。

そういえばルソーの作品をまとまって見たことがないかもしれません。画風は大きく変わらないのですか。
三浦先生 三浦

大きな変化はないですね。画題はある程度変わっていくけれど、どれを描いてもあのルソーという感じですね。最初から自分のスタイル、世界があったというか。大きく変わってはいない。ルソーの絵はいつもこんな感じです。……おっ、そろそろ時間でしょうかね。

先生、本日は楽しい美術ゼミのお時間、ありがとうございました!
学術協力

三浦 篤さん

東京大学教授

「夜明け前がいちばん美しい」。かつてプーシキン美術館でモネの《草上の昼食》を目にしたとき、思わず口にした言葉です。ここにはまだ印象派の画家として花開く前のモネがいます。二十代半ば、恋人カミーユと出会い、ルノワールやバジールら若い仲間たちと一緒に画家を目指す、青春真っ只中のモネ。《草上の昼食》には、1860年代半ばの初期印象派の魅力がいっぱい詰まっているのです。

三浦先生